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ドラキュラの家

えっ、どこが?
050603_16010001.jpgと思わせるほど普通の家が、正真正銘ドラキュラの家。

「吸血鬼ドラキュラ」は、アイルランドの作家ブラハム・ストーカーが書いた、もちろん架空の小説。

しかし、ここルーマニアのシギショアラという街にあるこの家こそが、ドラキュラの家だと実在する理由は…?

ドラキュラ伝説で有名なトランシルバニア地方、ここは古くからドイツ領だったりハンガリー領だったりしたために、ドイツ風の街やハンガリー風の街(それぞれの民族が造った)がルーマニアの街と混在している。
ドナウ川の北に広がる大平原の奥は、「トランシルバニア・アルプス」と呼ばれる山岳地帯、その麓の村々は、美しい緑に囲まれた丘陵地帯に点在しており、ドラキュラ伝説とは程遠いイメージだ。今世紀になっても人々は馬車でのどかに移動し、アスファルトの道がなんとも不似合いである。

ドラキュラ伯爵のモデルは、15世紀に実在したワラキア公ヴラド・ツェペシュといわれる。
当時オスマントルコの脅威にさらされ続けたこの地方、彼らが攻め込んで来たときに、領主のツェペシュはまだ戦闘の準備が整っていなかった。
そこでツェペシュは牢屋に入れていたトルコ人の囚人達を生きたまま串刺しにし、領地の入口に並べて立てた。
間もなく攻めてきたトルコ人が見た同胞の串刺しの姿。途端にさすがのトルコ人たちも戦意を喪失し、引き上げていったという。
この行為がトルコ軍を通じて他地域に広がり、猟奇的な奇人領主として伝わったとされる。ワラキア公国は最終的にはオスマントルコの支配下に入ったものの、ある程度の自治権が認められたのは、こうした行為のおかげだとも言われている。

ブラショフの郊外に、串刺しを並べた小山、そしてツェペシュ公のブラン城が「ドラキュラ城」として知られる。しかし実際ツェペシュは滞在経験はあるものの、居城ではなかった。
そしてやはり「吸血鬼ドラキュラ」小説の舞台となったティフツァ峠には、ドラキュラホテルが存在し、訪れる観光客を恐怖におとし入れる。(しかもここで起こったことは絶対に口外してはならないとされるので、ここでは記しません。)
従って、この2つはあくまでも伝説に基づく館で、真実のドラキュラの家ではない。

ではなぜ画像の普通の家がドラキュラの家か?というと…

ここはヴラド公ツェペシュの父の生家である。
そして父の名前がまさにヴラド公ドラキュラなのである。

もっとも父ドラキュラは「吸血鬼」の名前をもらった割には、息子のような怖い人物ではなかったらしい。

(追記)ドラキュラ伝説を怖がるお客様には、「大丈夫。ドラキュラは処女の生き血しか吸いません!」とアドバイスしておきました。

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「旅と心と体」カテゴリの記事

コメント

タルグムレシュに泊まってトランシルバニアのブラショフへ向かう途中のシギショアラ?世界遺産のドナウデルタでペリカンの飛ぶのも見てもうすぐお帰りかな?(ドラキュラの家を見る15日間のツアーからぱくってます)

投稿: | 2005.06.06 22:36

惑さん、ただいま!
まだ本文が書き終わらない内に、早速のコメントありがとうございます(笑)。

シギショアラは「当り!」
でも、この辺りはドラキュラの城、ドラキュラのホテルなどいろいろあります。
詳細は、また(笑)。


投稿: まりあ | 2005.06.07 01:18

おかえりなさい!

やはりヨーロッパでしたね、いいなあ・・・(羨望)
今度はどっち方面のツアーだろ?って、さとひろと話してました。

お仕事とはいえ羨ましい限りです。
でも、次に備えて、充分な休養をお取りになることもお忘れなく(*^^)v

投稿: poohpapa | 2005.06.07 07:46


なんか騒々しくなったと思ったら……

こういうことだったのか。
お、お帰りなさいまし。m(_._)m

ご無事でなにより。

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2005.06.07 11:27

poohpapaさん、こんにちは。
無事帰ってきました。

そしたら、お二人に何か良い事があったようで…(^_^)

そうそう、私が突然消えたら、このページのAmazonの広告を見ると、どこに行ってるかのヒントが出ております。
次回のご旅行のご参考にでも…(^_-)-☆

投稿: まりあ | 2005.06.07 15:09

ピーさん、ただいま!

えっ、何ですか?
私がいないと世の中静かですか?
そんな、私天照大神じゃないですわん!

ドラキュラには襲われませんでした(笑)。

投稿: まりあ | 2005.06.07 15:12

ルーマニアよりはじめまして。ルーマニアにいかれたのですね。そう、ドラキュラ城は公爵がちょっと滞在した住まいと考えた方がいいですよね。お城と想像すると 違いますよね。
ドラキュラの名前についてなどなど、書いた過去記事があるため、初めてなのに 恐縮ですが、TBさせて頂きました。ドラキュラ、色々な説があって面白いですよね。

投稿: go2rumania | 2005.06.23 03:55

go2rumania さん

遅くなりましたが、コメントありがとうございます。
ルーマニアに住んでおられるのですね。
私は、今回初めて訪ねましたが、馬車がのどかに道を走る姿にとても感動して好きになりました。ルーマニアの田舎はステキですね。

ブラン城で、ドラキュラの入れ歯をした子供がいて、とても可愛かったです。楽しくお話したので、一緒に写真を撮りたかったのですが…それが1番の心残りでした。小学校で英語を勉強してて、一生懸命話そうとしてくれるのが可愛らしかったー(^_^)。
そちらの子供達は、純粋ですね。

投稿: まりあ | 2005.07.03 11:58

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以前ドラキュラについて簡単に説明しました・・が!!! 『ドラキュラという名前はルーマニア語の悪魔(drac ドラク)から』    というのに・・もう少し奥がありました。知らなくてもいいけれど、ちょっと知っていたら面白いかも!? 今回は、とある博識ルーマニア人友の情報を元にリサーチした 『ドラキュラの真実』と題して、(多分)本当のドラキュラの由来をお伝えします。 まず上の写真、シギショアラにあるドラキュラ生家 (&レストラン)の 左のオレンジ色の建物にある竜の飾り (赤い服の男の人頭... [続きを読む]

受信: 2005.06.23 03:50

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