PERA PALACE
「マスター…。」
男は大きく息を吐いた。
男の背中が、心なしか丸く低くなったような気がする。
呼吸をすれば再び大きくなるとは思えない、憔悴感が漂う。
男の指が伸びた瞬間、マスターの手から新しいロックが渡された。
マスターは覚えていたのだ。
いや、この男の何もかも知っていた、ずっと黙って見てきたのだ、という方が正しい。
「何も変わってないな、ここは。」
むしろアンティークとでもいおうか、古びてはいるが、カウンターの艶は増し、却って凛とした光を放っている。
棚に並んだボトルさえ、あのときのままだ。
マスターも、いつもここにいた。
ただ一つ違うのは…
もう一つの光が消えている事。
男の傍にいつも寄り添っていた、あの子。
ちょっとからかったら、プイと口を尖らせて横を向いた。
「ごめんね、怒った?」
「後でチャイおごるから…」
男がそうなだめると、突然ふり向き、
「じゃ、いつおごってくれるの?」
ちょっと小生意気に上目遣いで男を見つめていた。
あれからいくつ時が流れたのだろう…。
マスターの頭もすっかり白くなった。
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